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変化に負けず、進歩進化する

娘よ、他の報道内容は別としても、ことコロナウィルスにおける「PCR検査に関する報道」においては、テレビ朝日の「モーニングショー」は真相(深層)の深堀りがされていると思う。

昨日の朝、「PCR検査数が増えない理由」に対する調査結果の報告があった。結論的には、

「検査の擬陽性における人権侵害となる可能性がある」ことが根底にあるとのこと。その背景には過去の「ハンセン病」に対する政府の対応の失敗がトラウマとしてある。

「ハンセン病」に関して、あまり知らなかったので、少しネットで調べると、「ハンセン病」は現在では完治する病であるが、当時の政府による強制隔離政策や「ハンセン病」は恐ろしい伝染病であり、不治の病であると誤った考えを広め、その後、完治することが分かっても、その過ちを認めることなく、必要のない隔離政策を続けた結果、社会問題として根付き、多くの人が偏見や差別から、今なお苦しめられているという。

※2001年に元患者たちが起こしたハンセン病国賠訴訟において、2019年夏「国の政策が、元患者だけでなく、その家族にも被害をもたらした」ことが認められ、その過ちが明らかになった。厚生労働省だけでなく、法務省や文部科学省に対しても「偏見や差別を除去する義務を怠った」ということが認められた。

しかしながら、だからと言って、コロナウィルスを克服するための手をゆるめ、「医療崩壊」か「経済破綻」かで国民を混乱させ、ただひたすら感染者が増えていくのを、「若者だから大丈夫」みたいなことを言っている政府の対応はどうであろうか?

過去の失敗や過ちは、それを反省しないことによって、真の失敗や過ちとなると考える。その経験から「何がよくて、何がいけなかったのか」を振り返り反省することで、人や社会は進歩・進化する。

感染症における対策としては、先ず「感染拡大を防止する」ことがいかなる感染症においても重要なのではないだろうか?

また、偏見や差別が起こる背景には、未知の病に対する心理的な不安が要因の一つであると考えられ、それに対しては、政府が「正しい情報を、タイムリーに、かつそれが根付くまで発信し続ける」ことが重要ではなかろうか?

更に、検査の擬陽性が問題であるならば、その率を下げる改善を進めたり、確率の問題であれば、2度、3度、検査をするなりして、その擬陽性と判断される確率を下げる工夫をするべきである。これにより、検査キャパに課題は戻る。この容易に想定される準備は出来ているのであろうか?

そもそも、「発症してから10日間で感染力はなくなる」という論文等の報告を、厚労省は都合よく、退院を早め、検査負荷を減らすのに利用できるのだから、日本の医療と経済を守るために、その10日間外出自粛に協力してもらえる様、土台を固める様な対応もできるはずである。擬陽性とは別に、「感染者(陽性)」を社会の偏見や差別から守る努力をする必要がある。インフルエンザにかかった人が、執拗な偏見や差別を受けているのであろうか?

もし検査で白黒ハッキリさせることが抵抗あったり、検査キャパが本当の意味で足りていないのであれば、別の施策も平行して進めるべきである。

政府の「接触確認アプリ」をもっと活用したらどうであろう?。普及率がひくければ、高める工夫をし、使い勝手が悪ければ、使い勝手をよくする。少なくとも、3密を回避する意識の高い人が、もっとうまく「活用できる」様にしてあげるべきである。

陽性者との接触があった場合には、検査を受けなくとも、陽性者との接触した日時から換算して、「何日までは外出自粛をして下さい。感染させるリスクが0ではありません」とか「感染したはじめのうちが感染力が高く、周りの人に感染するリスクが高まります。外出自粛をするか、検査を受けてください」とか。または家族にうつすことを心配されていれば、自主的に隔離施設で待機してもえる様な受け入れ体制をつくるとか。感染拡大の本質は、社会からウィルスを隔離することが目的であり、必ずしも検査を受けさせることが目的ではない。たしか台湾では、検査で陽性とわかる前から、先ず隔離(外出自粛)することを優先としていたと認識する。

日本国民は、「自分が感染することよりも、人にうつしたらいけない」という意識が比較的高いと考える。その国民性を最大限に活かす仕組みを構築することが、コロナを克服するための道と考える。

高校生、そしてこれからの人生において、ちょっとした「失敗」や「過ち」を全く無く過ごすことは至難の業と考える。また、「失敗」や「過ち」を振り返り、反省することが、自分を「進歩」「進化」させてくれるとチャンスとものなる。「変化」の多いこの時代に柔軟に対応し、生き抜くためにも、多いに「振り返り」と「反省」をして欲しい。父より